生活と歩む

カトラリー作家・守田詠美「やわらかな空気をまとう」 生活と歩むvol.1 

2022年から新たに始まった「工芸の五月」の通年企画。五月はもちろん、年間を通して皆様に生活を楽しむヒントをお届けできたらと、「クラフト」をキーワードに様々な企画を行っています。「生活と歩む」と題したこちらのウェブ連載では、作品の背景に漂う、それぞれの仕事や暮らしをちらりとご紹介。

vol.1は松本市の東家でおこなわれる紙束・守田詠美二人展「ゆれる紙、おどる洋白」から、カトラリー作家・守田詠美(もりたえみ)さんのインタビューです。

富山大学 芸術文化学部 デザイン工芸コースで金属を専攻。入学してすぐに先生から「クラフトフェアまつもと」の話を聞き、毎年友だちと一緒に松本市まで遊びに来ていたそう。「人と何かをするのが好き。クラフトを通じて物と人をつなぎたい」という気持ちから、4年生の時にはクラフトフェアまつもとの実行委員に。卒業後は東京での会社勤めを挟みつつ、カトラリー作家として独立。3年前に松本に移住し、工房と、ショールーム「PICNIC」をかまえる。

金属なのに、やわらかな空気をまとうカトラリー

守田さんのカトラリーたち。あがたの森に茂る緑が反射している。Photo:横澤裕紀

洋白(ようはく)と呼ばれる、銅、亜鉛、ニッケルの合金板を、何度も何度も叩いてできあがるスプーンやフォーク。
守田さんのつくる金属のカトラリーには、どこかやわらかな空気が漂う。
金とも銀とも呼べる色をまといながら、光をうけて美しく映える凸凹。
テーブルの上にあっても、洗い物かごに無造作に入れられていても、なんだか心が丸くなる輝きをしっとりと放っているのだ。

電動の機械は持っておらず、すべてを手作業でおこなう守田さん。
「やりたいことが表現できる方法をそれしか知らないし、今の自分なりのベストのやり方だとも思います。効率はあまりよくないんですけどね(笑)」と、大きな瞳でこちらをまっすぐ見つめながら、守田さんはその工程について話しはじめてくれた。

金属を何度も叩いてかたちにしながら、何度も自分と向き合う

手書きの図面。納得のいくバランスになるまで何度も書き直す。

守田さんのカトラリーづくりは、まずは線を書いて型紙をつくるところからはじまる。曲線のニュアンスが肝になるため、基本はフリーハンド。
その型紙に合うよう素材である金属板を裁断するのだが、これがなかなかの力作業。オリジナルで付け足した柄(え)を利用して「てこの原理」を使いつつ、全体重をのせて切っていく。

グッと体重をかけて、素材である金属板を裁断

そしていよいよ長方形の金属板を、この段階で平均500回ほど叩くのだそう。何度かにわけて繰り返される「金属を叩く」という作業のうちの、これが最初の一回目。

金づちに傷や埃がついているとカトラリーに跡が残ってしまうため、金づちの頭部分は常にピカピカに磨いている。

カンカンという大きな音が工房中に響き渡るため、難聴にならないように耳栓をしながら作業を続ける守田さん。耳からの情報が制限され、外界とはなんとなく離れていく。叩く回数は、大きいものだと最終的に2000回以上。それは自分自身とぐるぐる向き合う長い長い時間だ。

小さな頃から、何かしら工夫して作っていた

飼っている猫のグー

「人と同じ」を避け、手作りの個性が強いものを選ぶことが多かったという子どもの頃の守田さん。学生時代は先生からギリギリ怒られない色のセーターやタイツを選んだり、靴に自分で絵を描いたり、かばんには手作りのバッジやキーホルダーをつけたり。当時は「クラフト」という言葉こそ普及していなかったが、そのころからのDIY精神が守田さんのものづくりの根底にある。

地元である富山県の大学では工芸コースを選択し、金属で作ったアクセサリーなどをセレクトショップで取り扱ってもらっていたが、卒業後は東京の企業に就職。人と話すことが好きな性格を活かし、営業の仕事をしていたという。

「こんなに恵まれてるならちゃんとやってみよう」

食への興味が尽きない守田さんは、シュウマイ伝道師としても活動している。かんたんおいしい!

そんな守田さんが再びものづくりの世界に踏み込んだのは25歳の時のこと。
在学中にお世話になったセレクトショップから「再開することがあったら声をかけてね」と言われた話を友人にしたところ、「ものを作っている人は、作っても買い手がいなくて困っている。買うと言ってくれてる人がいるのに作らないのはもったいない」と、なんとすぐに都内にあるアトリエを探し出してきてくれたのだ。

それをきっかけに金属加工用の道具を自分で少しずつ買い揃え、会社勤めと並行して活動を再開。
食べることや食器が好きという理由から、カトラリーを作ることにした。

かたち付けをするための木台は金属に負けない硬さの欅(けやき)。スプーンの型は自分で彫っている。

そうして月一開催の手づくり市にスプーンやフォークを出展し始めたところ、たまたま遊びに来ていた東京銀器の職人のおじいちゃんグループが話しかけてくれたそう。
「カトラリーは作る手間に対して割に合わないからやめなよ(笑)」と言われながらも、お付き合いがはじまり、金属の仕入れの仕方などのアドバイスをくれたり、足りない道具を譲ってくれたりしたのだという。

東京銀器のおじいちゃんにもらった彫金机。作業中は金属の粉まみれになるのでアームカバーをし、手が荒れてしまわないようにかつ金属の変色をふせぐためにニトリル手袋をはめる。金属の粉を吸い込まないようにする防塵マスクもつけ、完全防備!

さらにその頃、家から2ブロックしか離れていない好立地のシェアアトリエへ作業場をお引越し。
「こんなに恵まれているのなら一回ちゃんとやってみたほうがいいかも!」と思い会社を辞め、カトラリー作家として独立した。

やすりをかけるときの「スリ板」は、スプーンをあてる時の圧力で少しずつ削れていく。「そろそろ替えなきゃと思うけど、新しいのは手になじまなくて使いづらいの(笑)」

制作を再開してから今年で8年。ずっと使い続けてきた道具も、そろそろ世代交代が必要なくらいの時間が経った。
何度も叩いてかたちにしてきたカトラリーは、今一体この世に何本あって、どんな人たちが使っているのだろう。
ひとつ言えることは、その一本一本はすべてきっと、今もやさしい光を反射しているということだ。


作品ができるまで

①図面を描く。
②金属の板をギロチンで必要なサイズに切り出す。
③上下(持つ部分とすくう部分)を「型紙」が入る大きさになるまで金づちで叩き、うすくのばしていく。
④糸鋸で型紙のサイズに切りだす。フォークの細かな隙間も全て丁寧に。4本歯は守田さんのこだわり。
⑤型紙の形に添ってやすりをかけて形を整える。
⑥一度熱を加えて加工しやすく(焼なまし)した後、常温に冷ましてから木台の上で叩いて(冷間鍛造)カーブをつけていき、完成。

「洋白(ようはく)は、ステンレス(の工業製品)にはない“味わい”と使い方による“経年変化を楽しめる”素材。加工する身としては、冷間鍛造で手で加工できる素材でありながら比較的強度もあるので、細い線もつくることができる。バランスの良さがあると思います。」


作品の使い方やお手入れの方法

「洋白(ようはく)は、燃えない、減らない、割れないけれど、曲がります。だからこそどこか表情のあるカトラリーに仕上がるのですが、ステンレスの工業品よりは厚みや硬さがないので、バターやアイスはガチガチの状態ではなく少し常温においてから使うといいかもしれません。食洗器はいけると思います。銅が入って緑青の原因になるので、調味料につけっぱなしなどは避けてください。」


最近の活動の楽しみ

改良に改良を重ねる。少しずつ柄の長さや重さが違う。

「理想に近いサーバーを作れたことがうれしかったです。『こんな形をつくれるようになったんだ!』と自分の成長を感じました。数をこなしたことでバランスをみきわめられるようになってきたのかも。」


最近の活動以外の楽しみ

守田さん撮影の「ちくわぶ雲」。

「週1~2回、プールでクロールを2000m泳いでいます。小学生の頃通っていたスイミングスクールはめちゃ嫌で、常にやめたかった。勇気を振り絞って2年に一回は『やめたい』と口に出すもやめさせてもらえなかったのだけれど、大人になって自由になったら、泳ぎたい気持ちが出てきました。水泳とスプーンを作ることは似ているなと思う。終わりまでのことを考えると絶対できないとひるむけど、ゴールに近づくと嬉しい気持ちとか、聴覚や視覚が狭まる感じに、金属と向き合う時間が重なります。」

取材・編集 江刺里花、澤谷映



【次回は紙束さんのインタビューをお届け予定です!】
紙束・守田詠美二人展「ゆれる紙、おどる洋白」に合わせて公開したこちらのインタビュー。次回は紙束さんの工房にお邪魔してお話を伺ってきます。工房訪問日の関係で、展示期間中(12月2日~18日)の記事公開はできないのですが、紙束さんのお仕事ぶりや作品の魅力をお届け予定ですので、ぜひそちらも楽しみにしていてくださいね!