生活と歩む

スミレ研究所「自由な物語を形に」生活と歩むvol.5

生活と歩むvol.5は、2022年の企画集合!アニミズム展と、2023年冬の通年企画りすりすくまくま展から、スミレ研究所・金井三和さんのインタビューです。

2022年から新たに始まった「工芸の五月」の通年企画。五月はもちろん、年間を通して皆様に生活を楽しむヒントをお届けできたらと、「クラフト」をキーワードに様々な企画を行っています。「生活と歩む」と題したこちらのウェブ連載では、作品の背景に漂う、それぞれの仕事や暮らしをちらりとご紹介。

スミレ研究所は、金井三和(かないみわ)さんによる絵と陶器のアトリエ。
旧南安曇郡・現松本市梓川にあるご実家の一角にある蔵の二階が制作の拠点だ。
みわさんの一日は畑から。土いじりの合間に制作にいそしんでいる。

写真:みわさん提供

児童文学に携わりたい、が出発点

写真:みわさん提供

子供のころから絵を描いたり何かを作ったりするのが好きだったというみわさん。
保育園の先生だったお母さんの影響で、たくさんの絵本に囲まれて育ったみわさんは大きくなるにつれ児童文学に携わりたいと思うようになる。
高校では美術部に入った。ぐりとぐらの山脇百合子さんが特に美術の学校を出ていないことを知り、大学は、得意な英国数が受験科目の日本女子大学・家政学部・児童学科に入る。

幼少期から家にあった絵本

みわさんが陶芸に出会ったのはこの頃のこと。
叔母さんの家で本人手作りの手びねり(ろくろなどを使わず、手だけで形を作る)の器を見て「いいな」と思い、同じ工房に通うようになる。

叔母さんが趣味で作っていたという器たち

ベースにあるのは「自由で楽しそう」な何か

児童学科卒業後は、ずっと通いたかった東京の美術専門学校、セツ・モードセミナーに入学。
好きな絵本作家の多くがここの出身だったことが興味を持ったきっかけだという。
大学時代に三宅菊子さんの「セツ学校と不良少年少女たち」を読み、「本当に自由で楽しそう」と思い学生時代から応募し続けていた。
しかしセツには入学試験がなく、抽選のみで受け入れを決めていたため、このタイミングでようやく通えることに。
「最初の数年は並び順で入れていたみたいです(笑)長蛇の列ができて警察が来たとか」
家業の酪農を手伝い続けながら、梓川の実家から通った。

秋入学だったこともあり、若い人に限らない様々な人が来ていた。
先生たちは「自由」を大切にしていて、出席も取らなかったり、スカートをはいている男の人がいたり、「不思議な学校でした」。
しかし自由なだけあり、自主的に取り組まないと何も進んでいかない。
入学の時こそたくさんいた同期たちが「もっとカリキュラムがしっかり決まっている学校がいい」と、どんどんやめていく中、みわさんは研究科まで進み4年間通った。

応接間の一角。いろんなところに小さな可愛い物たちが並べられている。

セツ卒業後、自分に課題を課すためにと応募を続けていた「HBギャラリー」ファイルコンペで鈴木成一賞をもらい、一週間の展示資格を得る。
そこで出会ったのが、現在もみわさんが同人部門にイラストで参加している「四月と十月」の編集者、牧野伊三夫さんだった。

しばらく経ったころ、フリマで手作りの器を出している人がいて、その人が通っているという松本の陶芸教室「アトリエ彩土」に通うようになる。
「ここも自由で不思議な良いところでした。」
自宅で作った作品を持ち込んで焼かせてもらっていたが、どんどんと作るため先生から「窯を持った方がいいんじゃない?(笑)」と言われていた。
そんな中、偶然にも岡谷にあった古い窯を格安で譲ってもらえることになり独立することに。

岡谷からやってきたガス窯

相変わらず酪農をやりながら、制作に取り組む日々。
「朝、晩、と乳をしぼりにいかなければならず大変でした。」
陶芸はやることが多いため、絵を描く時間は減っていった。
独立からしばらくたって、クラフトフェアにも応募し始めた。受かったり落ちたり、受かったり落ちたり。
「当時は情熱がすごくて、応募用紙に手書きでびっしり色々書きました。」
出店をするうちにクラフト推進協会の機関紙「掌」の企画にたまたま誘われ、現在は編集長を務めている。

自由自在に、コツコツと

スミレ研究所の由来は、好きな花でもあり、「文学的」「物語性」や「理想的」というイメージを込めたスミレと、「物理的」や「現実的」というイメージを込めた研究所、のふたつの言葉から。
「研究所」には、どろ亀先生の呼び名で知られる林学の研究者、高橋延清さんの「森こそが教室」という言葉もイメージとしてあるという。
「スミレの花は可憐なようでいて強いんですよ」

高齢のお父さんの大ケガで家族で、営んだ酪農は昨年で畳むこととなった。
「いまは畑と家のことをやりながら、昔より制作の時間がだいぶ取れるようになりました。」

みわさんの制作は「研究所」の名の通り試行錯誤の日々。焼き方を変えてみたり、違う土を使ってみたり、独立してから約20年、日々の実験を積み重ねている。
「二年くらい前からは野焼きもはじめて。これがまた研究のし甲斐があるっていうか。縄文の人はどうやってたんだろうって、古代の事、民俗学みたいなものにも興味がわきますね」
スミレ研究所はみわさんの頭に浮かぶ空想のものを、火、土、空気や水を使って形にしていく「実験室」なのだ。


作品ができるまで

アトリエの一角

本や絵、他の人の作品を鑑賞したり、畑仕事の中にもアイデアはたくさん。
展示をやるときはテーマを設けて、それに向けて考えることが多い。

・土の仕入れ

土は、前に通っていた陶芸教室からのつながりで、愛知県の瀬戸にある土屋さんから仕入れている。
山を越えるせいか、長野に送ってもらうのは送料が高いようだ。

みわさんが主に使うのは、瀬戸志野と呼ばれる白土と、ロット土という粗めの粘土。
白土は、名前の通り焼くと白っぽく仕上がり、釉薬(ゆうやく)の色もそのまま出やすいので、絵付けなどに適している。
ロット土は、粒が荒くてざらっとした仕上がり。

「(ロット土は)全粒粉のクッキーみたいですよね。子供のころから料理も好きで、それと陶芸って結構似ているなって。オーブンでお菓子が焼きあがるのを見るのが好きだったり。焼いてみるまで出来上がりが分からない感じとか。火を使うこと自体が結構好きです。」

届いた土は、部屋の中で保存。
寒い時期は外に置いておくと凍って土の中に霜が立ち「しみて」しまう。
しみると細胞が壊れて、べちゃべちゃに。非常に扱いづらい土になってしまうので、冬は特に管理に気を付ける。

・土練り

使う分の土を「菊練り」という、回転させながら菊の花の層のように練り込む方法で練っていく。
届いたばかりの土は硬く、酪農をやっていた力持ちのみわさんでもとても大変な作業。
よく練ることで粘土の堅さを均一にすること、また粘土の中の空気を抜いて状態を整えることが目的。

・成形

削ったカスは水で湿らせて練ることで、また使うことができる。

焼くと約15%ほど縮むので大きめに成形。
「おまんじゅうを作るときのように」作品によって粘土のグラム数を決めてある。
みわさんはろくろを扱うのが苦手だそうで、基本的には手びねりで作っていく。
特に難しいのは「取っ手」。

粘土の塊の両脇に「たたら」(木の板)を敷いて糸で引くことで、平らに切り出す。
「かんな」で中を掘る。
カップなどの成形には「手ろくろ」を使う。手だと指の跡が残ってしまうため「木ごて」を使って表面をなめらかに整える。

小さい作品が多いため、窯を埋めるのが大変。何か月か溜めてから一気に焼く。
たくさん詰めたほうが火を消した後余熱でゆっくり冷めるので、「冷め割れ」も少ない。

「(青の化粧土は)初めて使うから縮れたりしないかどきどきしながら使ってみました」

作品によっては、この時点で化粧土を使って絵を描く。大雑把に化粧土をのせたあとにかきだして掃うことで、形や模様を整える。
主に茶色(鉄)を使っていたが、最近青色も導入した。

焼いてしまうともう再生はできない。
また少しのヒビでも焼くことで広がってしまうため、この時点でよくよく確認する。

・乾燥

薄い作品は、さらにゆっくりしっかり乾かした方が焼いた時にゆがまない。

触った時にヒヤッとするとまだ乾いていない証拠。ほっぺたで確認するのがわかりやすい。

・素焼き

みわさんが使うのはガス窯。温度計をみながら少しずつ圧力をあげていく。
7~8時間かけて720度まであげていき、到達したら火を止めて、そこから次の日まで自然に冷めるのを待つ。

素焼きにはあとから導入した小さめの窯を使っている

・絵付け、撥水、釉(ゆう)かけ

絵の具は厚く塗るとはがれてしまったり、釉薬と反応して色が変わってしまうこともあるので、陶芸用のパステルを使って絵を描く。
そのまま直接描いてもいいし、水で溶いてから使うことも。

マットにしあげたい部分や、底、蓋物の重なる部分など、釉薬をつけたくないところには筆で撥水液を塗る。
色んな種類があるが、いまは割と強力なものを使っている。

土と同じく愛知県から仕入れた釉薬(焼くとガラスのようになるうわ薬)をかける。
粉の状態で届くので、水で溶かして使う。
みわさんが主につかっているのは焼きあがりが白マットの、石灰などからできたもの。

「自然灰の釉薬は買うと高いので、自作する人も多いです。あくが出るのを何度も濾すから大変なんですよね。りんご灰とかは渋くて民藝っぽいイメージがあります。」

・本焼き、焼き締め

みわさんは絵付けの作品もおおいため、色が出やすい「酸化焼き」(完全燃焼で焼き上げる)を採用している。
もうひとつの「還元焼き」(酸素が少ない状態で焼き上げる)は渋めの仕上がりになる。

古い窯なのもあって窯内の場所によっても、酸化・還元の具合が大きくちがう。デリケートな作品は置く場所が決まっていたり、新しい物を作るときは両方において、仕上がりを比べてみたりもする。

釉薬をかけたもの(本焼き)も、かけないもの(焼き締め)も一緒に焼く。
釉薬は1200度を超えないと溶けないため、素焼きの二倍近い、約15時間かけて1250度まであげていく。
ここでも温度計とにらめっこ。
はじめはどんどんと上がっていくが、最後の5度には1時間近くかかる。とにかく耐えて、待つしかない。
1250度にしたら火を止めて、また自然に冷めるまで二晩ほど待つ。
朝早く起きて、終わるのが21時とか22時。

天気や外気温によっても窯の調子は変わるため、毎回様子を見ながらの作業となる。

「乾きが甘くて(水分の膨張で)爆発させてしまうこともありました」

・やすりがけ

割れがないかチェックして、紙やすりで底を中心に全体にやすり掛けをして仕上げる。
ロット土は粒にやすりがひっかかるので少しやりづらい。

「専門学校では絵を勉強していて、焼き物は陶芸教室に通ったくらいなので、自己流なところも多いのですがこんな感じで作ってます」


みわさんの焼き物の注意点

「土なべ用の土とか以外は、直火はダメだけど、オーブンやレンジは大丈夫。
食洗器はデリケートな器はやめた方がいいです。」


最近の活動の楽しみ

「こんなもの作ろう!」と思いついたとき。制作をがんばりたい。


最近の活動以外の楽しみ

【写真】最近の一コマ。写真:みわさん提供

ラジオの聞き逃しを聞くこと。「らじるらじるでNHKFMを聞いています。」


取材・編集 江刺里花、澤谷映