牧瀬福次郎さんによる牧瀬家具では座編みの椅子を中心としたオリジナル家具や小物の制作、北欧家具のリペアをしている。
木や自分と向き合い、完璧を求める
牧瀬さんは平成3年生まれ、長野県朝日村の出身。
同じく木工家であるお父さんが30年以上前に建てた、自宅から10分ほどの場所にあるビニールハウスの工房を「場所の取り合いをしながら(笑)」共同で使っている。
食べる時、寝る時、座編みをする時以外はほとんどの時間を工房で過ごすという牧瀬さん。
特に音楽を聴いたりラジオを聴いたりなどもなく、ひたすらに木と、自分と、向き合う時間。
おなかがすいたら近場のコンビニにおやつを買いに行く。お気に入りはあんこの菓子パンだ。
牧瀬さんのものづくりは「自分が欲しいと思えるもの」を作れるように、作業ごとに「完璧」を求めているという。
手で触れて違和感がないか、見た時に歪みがないか、常に確認をしながら少しでも気に入らない部分があったらやりなおしたり、手直しをしたりする。
作品にも見受けられる牧瀬さんの「らしさ」は、さて、一体どこからきているのだろうか。
「クラフト」に囲まれて過ごした幼少期
木工家であるお父さんの作品に囲まれて幼少期を過ごしたが、それが「普通」だったため特に興味を持つこともなかった。
「実際に作業をするところも、一切見たことがなかったですね」と、牧瀬さんは一言一言をなぞるようにしっかりとした口調で、幼い頃から現在に至るまでの経緯を話し始めてくれた。
図工や美術はどちらかというと苦手だったという牧瀬さん。理系少年で生物が得意だったこともあり、石川県の農業大学に入った。
「大学で独り暮らしを始めるとき、みんなが行っている家具量販店に行ってみたら造りが雑すぎて何も買えなかったんですよね(笑)」
それが「木工家」という職業があまり一般的でなく、自分はいいものを見て育ったのかもしれないと思ったきっかけだった。
卒業後は流れで農業法人に就職したが、「朝の4時から夜の23時まで働くこともあり、2~3カ月休みがないなんてこともザラでした」と回顧する。
2年ほど勤めたが「なんのために生きてるんだろう」と思うことも増え、やりたいことをやろうと一念発起して退職。
また一方で、大学時代から時間のあるときには21世紀美術館や、漆などの工芸品を扱うギャラリーを廻っていたのも影響して、工芸に対しての気持ちが高まっていった。
お父さんが木工職人であるため、実家に機械や道具は一通りそろっている。
「それまで木工をやろうという気持ちは全くなくて、でもなにか別のことをやってみたいなと思ったときに、木工をやりやすい環境だったんです」
そこで一から勉強をするため、まずは長野に戻って木曽にある木工技術を学ぶ職業訓練校、「上松(あげまつ)技術専門校」へ通うことに。
「はじめてやりたいことをやれている感覚になりました」
上松技術専門校では寮生活。日中は学校で木工の基礎を学ぶ。鉋(かんな)の研ぎ方や機械の使い方、座学では木の特性から作品の金額の決め方なども学ぶ。
学校が終わったあとは部活。大学時代から今も続けているバドミントンの他に、ボルダリング、苦手ながらサッカーやバスケなど、いろんなことにチャレンジした。そして夜は同期と飲み会の毎日。
そんななか、いざ木工の作業に取り組んでみると苦に感じるようなことはほとんどなく、思っていた以上に「向いている」と感じたという。
「初めて自分がやりたいことをやれている感覚になりました」
入学から半年ほどたって、お父さんの知り合いの木工会社から社員の募集がかかる。
ある程度ひとりでも作品を作れるようになっていたことと、「毎日の飲み代がやばすぎて生活を整えるためにも」就職を選んだ。
そもそも木工の就職先が少ないなかですぐに勤め先が見つかったのはラッキーだったが、二週間毎に東京まで通ってショップスタッフをやることが条件だった。
初めの頃こそ「東京に遊びに行けるしいいか」と思っていたが、まとまって木工に向き合う時間を作れないことが気がかりとなっていく。
想定以上にその状況が長く続きいよいよ困ってしまったため、より集中して制作に打ち込める工房を探して転職した。
その後独立。今は座編みが代名詞
二軒目の工房では、いま牧瀬さんの制作の中心にある「座編み」にひたすら取り組んだ。
座編みは紐を引っ張り続けなくてはいけないために、体中筋肉痛、手首は腱鞘炎、グローブをつけていても手の皮がぼろぼろになる過酷な作業。
「最初は嫌でしたが慣れて今は好きです。手もだいぶ分厚くなりました」
そして2019年ごろ、親方の「そろそろいいんじゃない」という言葉がきっかけとなり独立をすることに。
技術専門校時代のつながりで他の工房の仕事を手伝いながら、自分の工房をスタートさせた。
木工職人の独立率は半分ほど。さらに仕事が常にあるわけではないから、独立しても経済的に続けるのが難しいケースが多い。
「でも、(勤めていると)人に教えなきゃいけない、けど自分のこともやらなきゃいけない、というのが大変で。だめだったらまた考えよう、という気持ちで始めました」
同じ作業を流れ的に繰り返すことが苦手なこともあり、小物をたくさん作るのではなく、ひとつの作品に時間をかけて作る「家具」をメインに制作することに。
「座編みも流れ作業みたいな感じなんですけど、あれだけはなぜかできるんですよね(笑)」
独立後の今では、よりしっくりくる仕上がりを研究した編み方で作る『座編みの椅子』が牧瀬さんの代名詞となっている。
独立から約4年。今日もこの親子共有の工房で生み出される牧瀬さんの作品は、凛とした美しいたたずまいを誇っている。
幼少期から磨かれた審美眼で精査し、手や耳まで使いながら自らの完璧を追求し続ける日々のなか、牧瀬さんの背筋は彼の作品のようにきれいにピンと伸びていた。
作品ができるまで
・材木の仕入れ
長野県南部、高遠の材木屋さんを通して購入している。
乾燥させてからでないと使えないため、機械でしっかりと乾燥できる材木屋さんから買うことがほとんど。
使いやすさだけではなく、「おもしろい模様」などで選ぶこともある。
最近のお気に入りは1000年以上地面の中に埋まっていた「神代木(じんだいぼく)」のケヤキ。「色が黒っぽくてかっこいいです」
仕上がりより少し大きめのサイズに切りだし、しばらく寝かせて木が自然な曲がりになるまで放っておく(シーズニング)。
曲がりが出たらまた平らに削りなおす。厚みのある材木や、歪みが大きい場合は木目がまっすぐになるまで何度か繰り返す。
・加工
大きめに切り出してあるので、必要な寸法に直して加工を進める。
テーブルなど大きいものを作るときは近所の広い工房に場所を借りに行ったりもする。
・塗装
家具は木工用のオイルで塗装する。トレイなどにはガラス塗料をつかう。
最近「拭きうるし」も始めた。
・編み
座編みの場合は最後に編み作業。工房だと木くずが付いてしまうので自宅で行う。
牧瀬さんが主に使うのはペーパーコードという紙の紐。
ヴィンテージのリペアには古くから使われるデニッシュ(デンマーク製)のペーパーコード、オリジナル家具製作のときは繊維が強く強度の高い和紙のペーパーコードを使う。和紙のペーパーコードはデニッシュに比べてふっくらしており、繊維が柔らかいのでぎゅっと編んでも戻りやすく作業に手間がかかる。
・木工品のオイルでのお手入れ方法
オイルには主に乾性油(えごま油、アマニ油など)と不乾性油(オリーブオイルなど)の二種類があり、塗るのに適しているのはすぐ乾く乾性油。
家具は、濡れ色(濃い色)の状態から白っぽい部分が目立ってきたら、ウェス(Tシャツの切れ端などでよい)にオイルを含ませ、全体に塗り込む。
一日以上おいて、よく乾かす。
よく触る部分や角などはオイルが取れやすい。
オイルの効果としては、つやがでる、汚れが目立ちにくい、くらいなので塗らなくても問題はない。
「乾きが味になったりもすると思います」
食器などは、こまめに塗る方がよい。
けばだってきたらサンドペーパーなどで削る。
最近の活動の楽しみ
鉋がけが好き。仕上がりがキレイになるのがいい。
「木は動くので、たまに台がくるってたりしてうまく削れないとむしゃくしゃします(笑)」
最近の活動以外の楽しみ
日本酒が好き。おつまみは辛い物以外ならなんでも!
最近飲んだものだと奈良の「風の森」が美味しかった。
普段のお気に入りは上田の「亀齢」。
取材・編集 江刺里花、澤谷映