木工の裏テーマは「地産地消」
企画のリーダーで木工家の小田時男さんの工房は、松本市から車で約1時間半程度の、大町市美麻にあります。紅葉しかけの木々に囲まれた小屋でその日、若手作家の牧瀬福次郎さんと、スツールの座面をつくる作業が行なわれていました。
この企画でいくつかの家具を作ることになったとき、小田さんが決めていたことがあります。それは「県産材にこだわる」こと。工房の外には、長野県育ちのクリ、クルミ、サクラなど数種類の板が整然と積み上げられ、乾燥を待っていました。材によっては丸太で購入した後に1年間寝かし、板状に加工してからさらに3年ほど乾かすのだとか。木が家具になるまでには、長い年月がかかるのですね。
今回作る椅子(スツール)の座は、あえて材を統一せず数種類を使う予定。色も木目の入り方も違うものが混ざることで、家具全体に楽しげな雰囲気が出ると同時に、木の個性も際立ちます。さらに欲張って、地域の植生の豊かさや林業に気づくきっかけにもなれば……上等!
工芸の深化は松本の深化
このように今回は県産間伐材の使用で地産地消も目指したわけですが、こうした材は一般的な国内流通のものより、加工の手間がだいぶかかります。なぜそうまでして使うのか……その理由には、小田さんを含めた企画室スタッフみんなが考える、「工芸と町とのつながり」があります。
推進協会で理事を務める小田さんは、「松本を工芸でよりおもしろくしていくためには、町づくりにつながる何かが必要」と、ずっと考えていたそう。つまり、これまでイベント中心(≒単発)だった活動を、もっと町(≒日常生活)に関わるものにしたいということ。こうした気持ちは、小田さんに限らずほかのみんなもずっと抱いており、フェアの“次の一歩”にしたいと、考えを巡らせていたところでした。
毎年フェアを開催してきたことで抱きはじめた野望(?)が企画室スタッフ間で一致したことに加え、図らずもコロナ騒動で町や生活が変わろうとしているタイミングが重なり、この「どこでも工芸空間」プロジェクトは生まれました。地元材の使用を決めたのも、若手作家と組んで一緒に物作りをしようと考えたのも、「工芸が松本という町でより深化していくこと」という夢を実現するための一環なのです。
さてこの日わたしたちは、板に型をあてて木どりし、座面を形にするところまでの流れを見てきました。ワイルドだった木の板が、カットされ削られることで表情を変え、最後には美しく洗練された姿になる。そんな様子を目の当たりにして感慨深いものが……。この座面に、別に作られる脚がついて、スツールは完成に至ります。
鉄工を担う金澤工房へGO
というわけで小田さんの工房を後にし、次は脚部を製作する金澤知之さんの工房「金澤図工」へと移動。前回記事のとおり、スツールの脚は、軽やかさと強度を出すためにも鉄で作ることになっており、その作業を金澤さんと波部奈央さんが担当します。
鉄工ではストーブといった大物も手掛け、轆轤などの木工も得意分野。さらに紙ひもなどで椅子の座編みもこなす、マルチタレントな金澤さん。それぞれに見習いの若い人がついており、今回のプロジェクトの一員である波部さんは、鉄工分野の見習いさんでもあります。
「普段はほとんど工房から出ない」と笑う金澤さんですが、年に数回ほど発表や展示の場をもうけており、それが創作の刺激にもなっていたそう。しかし今年はウィルス騒動でほとんどが中止。そんなタイミングで声がかかったため、今回のプロジェクトへの参加を決めました。が、仕事はたまっているので「今回はできるだけ波部さんにお任せし、わたしはサポート」。というわけでその日の作業も波部さんが主に行なっていました。
火花バチバチの溶接作業は、ダイナミックかつかっこいい!時に100kgを超える鉄塊を扱うこともあるそうですが、波部さんは淡々とこなしていきます。
ちなみにこの脚は、いろいろな試行錯誤を経てたどり着いたカタチ。移動を前提にした家具システムなので、重くしたくないと考えた金澤さんは鉄棒を6mmに設定。運びやすさも考慮し、スツールはスタッキング可能にしました。
「重ねても嵩張らないように螺旋状に重なるよう工夫しました。土の上に置くと脚がめりこんでしまうので、先端に円の板をつけています」と金澤さん。
その部分にフェルトを貼れば、デッキやベランダで使っても床が傷つかないとのこと……なるほど、細かい配慮で生まれたデザインなのですね。
この脚を先ほどの座面に取り付ければスツールは完成ですが、その作業に至るのはまだ少し先のこと。ほかの家具ラインナップも含めて、改めてレポートしたいと思います。
今回2つの工房を訪ねたことで、家具システムの全貌が見られる日がもっと楽しみになりました。次回の記事では、若手作家の“作業ダイヤリー”をお届けする予定。木工の牧瀬さん、鉄工の波部さんに加え、看板を担当する寺下さんからも、作業の様子や発見などを届けていただきます。お楽しみに。