どこでも工芸空間

vol.1 はじまりの青空会議

世界中がコロナウィルスに怯え、大半のイベントが中止になった2020年。我らが「クラフトフェアまつもと」そして「工芸の五月」も、例外ではありませんでした。ともに初の中止を決定し、みなが肩を落とし顔を伏せていたとき、前を向くためいくつかの企画が立ち上がります。そのひとつがこの「どこでも工芸空間」プロジェクト。夏も終わりの晴天の日。ベテランから若手までの作家と企画室スタッフが集まり、はじめの一歩となる会議が、松本城近くの広場で開かれました。

プロジェクトのうしろがわ

内容説明の前に、まずはどうしてこの企画が立ちあがったのかに触れておきましょう。

コロナウィルス感染防止のための“新しい生活様式”として、密閉空間を避けることが求められるなか、「だったら外で」と考える人が増えています。キャンプやバーベキューの人気沸騰もそうですが、町なかでも屋外空間を活用する動きがじわじわ。ここ松本では、お城に近い通りに面したお店が、コロナ以前から構想されていたベンチなどの設置を、この機に決行。町行く人がコーヒーを楽しんだりくつろぐ姿が見られはじめました。

地元・松本が魅力的に変わろうとしているなか、その文化・景観に、クラフトも何か貢献できるに違いない!

そんな思いから、この「どこでも工芸空間」プロジェクトは発案されました(町とのかかわりについては、後の回で改めてとりあげます)。目指すは、どこででも広げられ、あらゆる場を工芸空間にしてしまう家具のシステムをつくること。制作の中心は「クラフトフェアまつもと」の立ち上げメンバーのひとりで木工作家の小田時男さんです。

作家として長年活動してきた小田さんは、さらに別の希望を込めました。

コロナ禍でフェアも封じられたクラフト作家は今、鬱々としているのではないか。また、普段から単独で作業する人が多いことから、仕事や技を未来へつなぎにくい……クラフトマンの“つながり”について感じていたモヤモヤの解消に、この企画がヒントをもたらすかもしれない。そう考えた小田さんはまず、長年の知り合いである金澤知之さんを誘いました。個人作家同士がチームで仕事をすることで、何かが見えてくるかもと考えたのです。

  • 小田時男さん

    小田時男
    福井県生まれ。「クラフトフェアまつもと」立ち上げに参画し、現在は理事を務める。2007年からアメリカ・カリフォルニア州の町メンドシーノとの芸術交流プログラムをスタートするなど、幅広く活躍中。

  • 金澤知之さん

    金澤知之
    東京都生まれ。「松本民芸家具」での家具づくりを経て「金澤図工」を立ち上げる。以後、轆轤や椅子の座編みといった木工にとどまらず、ストーブなど鉄工も広く手がけており、他作家とのコラボ作品も多々。

人と組むことで、意欲があがるうえできることも広がります。例えば椅子なら、木の座面は小田さんが担当し、鉄の脚を金澤さんが担当するといった具合に、一人だとできないデザインの家具も2人なら実現可能。悩んだり迷ったりしても、互いに相談しあって前に進むことができます。

小田・金澤コンビはかつて、ジブリの美術館にあるレストランの家具も手がけた間柄。その時の写真が金澤さんの工房に飾られていました

さらに2人はそれぞれ、若手作家にも声をかけることに。小田さんと一緒に木工を担うのが、朝日村で木工を営む牧瀬福次郎さん。金澤さんとともに鉄工を進めるのは、東京出身の波部奈央さんです。また、この家具システムには“看板”が必要(その理由もまた後の回で……)ということで、手彫りの人形など叙情性豊かな木工品やオブジェを製作する寺下健太さんにも、参加してもらうことになりました。

メンバーが揃ったところで。。

さてさてこうしてメンバー5人が集まり、いい感じにスタートをきったこのプロジェクト。完成のあかつきにはお披露目会を予定するなど、気合じゅうぶんです。いったいどんなデザインの家具システムになるのか?システムでどんな展開ができるのか?クラフトは町づくりにどうかかわっていけるのか?……今後5回にわけ、プロジェクトの全貌を追っていこうと思います。

今回のプロジェクトで実制作にあたる作家のみなさん。左から金澤知之、小田時男、波部奈央、寺下健太、牧瀬福次郎