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工芸よ、もっと町へ出よう

どこでも工芸空間 vol.5

クラフトと町がもっともっとコミットすることを目指した「どこでも工芸空間」プロジェクトも、これで最終話。前回完成した家具システムをもって、松本の町なかに実際の“工芸空間”を演出してみました。ここではその当日の模様をお伝えするとともに、「どこでも工芸空間」とはいったいどういうことなのか……本質に迫りたいと思います。

お披露目のテープカット

最後の松本城主・戸田光則の父が、隠居後に暮らした辰巳御殿。その跡地が今では湧水のある小さな公園となり、「辰巳の庭」として親しまれています。その日、ポカポカ陽気と美しい紅葉で彩られたこの庭に、完成した家具システムでスタイリングした“工芸空間”が出現! プロジェクトのメンバーに加え、クラフトフェアの関係者らも出席し、そのお披露目式が華やかに行われました。松本クラフト推進協会の代表理事である伊藤さんと、プロジェクト代表の小田さんによるスピーチの後、厳かなテープカット。たくさんの拍手が秋の空に鳴り響きました。

連載の第一回目にこの企画の背景をお伝えしましたが、クラフトで町の文化・景観をより魅力的にすることをコンセプトにしているがゆえ、「どこでも工芸空間」の家具システムは、実際に町なかで使われててこそ本領を発揮します。そのため今回のお披露目には、まずは自分たちが使うことで、楽しさ・可能性を発信しようという目的も。テーブルセットで飲食してもらえるようフードも用意し、棚にはクラフト小物なども並べ、看板を配置。それらが並んだ瞬間から、辰巳の庭はカフェのようなギャラリーのような、素敵工芸空間に変身したのです。

どこにでも、いつでも

ところで。世界各国を見ても、魅力的な町にはたくさんの人が行き交い、遊び、憩っています。町のあらゆるところに人の姿があり、にぎわいや安らぎもある。みなさんも、道路やちょっとした公園などのパブリックな空間にベンチがあれば、座って誰かとおしゃべりしたり、ちょっと休んでいこうと思うはず。そんな場がいくつかあれば、わたしたちが町を回遊する時間は、もっと充実したものになるのではないでしょうか。
他方で、コロナウイルスは勢い衰えておらず、密を避ける生活は今後も続くと予想されることから、あちこちの商店街などで飲食や物販スペースを屋外に出す動きも。それを後押しするように、道路占用許可の弾力的な運用も可能になり、パブリックスペース活用の動向は、いろいろな意味で期待をされています。
この「どこでも工芸空間」の家具は、店先や公園、歩道といった町のいたるところをテンポラリーなコミュニケーション空間にできる、そのためのシステムです。通常、町なかに場所を確保してストリートファニチャーを置こうとすると、インフラ整備などにたくさんのお金と時間と労力がかかりますが、移動可能な家具システムがあれば、その負担は不要。必要な場に必要な間だけ、上質な家具でスタイリングされた空間ができるのです。ほら、こんな感じで。

もっと!「クラフトの町・松本」

既にあるちょっとした空間を、手軽に、しかも高いクオリティで活用できる。家具システムをカフェの店先に並べれば、そこで飲食を楽しめるし、雑貨店前の歩道に配置すれば、そこも売り場になります。今年コロナでフェアが中止になったことで、多くのクラフト作家が販売の機会を失いましたが、この家具システムを使って作品を展示すれば、公園や歩道があっという間にギャラリーショップとなり、気軽に見てもらえる環境が整います(そうした出店シーンを考慮したため、家具システムのなかに看板が存在するのです!)。
普段は静かな公園が、昨日は賑やかなレストランになってたし、ちょっと前にはクラフトを売る店になっていた。またある時、カフェのテラス席に出されたテーブルにいる友だちを見つけ、一緒にお茶を飲んだ。……そんなふうにいつ行っても出会いがあり、常に違う表情をもち、ただ歩いていてもおもしろいことに出会ってしまう、そんな町。松本をこうした魅力的な都市として新しくデザインするために、クラフトは大きく貢献できるじゃない! コロナという不幸の狭間に見えた、ひと筋の光。それがこのプロジェクトとしてカタチづいたのです。

余談。だけど大事なこと

さいごにひとつ。お披露目が行われた「辰巳の庭」は実のところ、かれこれ40年近くも前、後にクラフトフェアまつもとの立ち上げにかかわることになる数人の若者が、理想や未来を語っていた喫茶店「アミ」があったところでした。既に「アミ」はありませんが、当時の若者は今、そのころ描いた理想のいくつかを叶えつつ、さらにもうひとつ叶えるべく、ここに戻ってきました。家具システムを携えて。

クラフトフェア、そしてものづくりを未来へとつなぐこと。その時の自分たちと同じくらいの年齢である若手作家と組み、「どこでも工芸空間」の家具をつくったことも、そうした理想を叶えるための一歩だったかもしれません。40年前にここでスタートした。そしてまた新たなスタートを切るためにここにいる……やばい、かっこよすぎじゃないですか?小田さん。

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