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工芸の五月

日頃より「工芸の五月」へのご愛顧とご支援に心より感謝申し上げます。

「工芸の五月2020」オフィシャルガイドブックの巻頭企画には、松本市美術館の企画展「柚木沙弥郎のいま」に合わせた柚木沙弥郎さんの取材記事とともに、「松本の思い出」と題して寄稿いただいた柚木さん直筆のエッセイを掲載する予定でした。
「工芸の五月2020」の開催中止により、残念ながらオフィシャルガイドブックの発行も中止となり、美術館の再開も予定が立っていない状況です。

2019年10月、わたしたちが柚木さんのアトリエを訪れたとき、まさかこのような事態になろうとは思いもよりませんでした。それにもかかわらず、そのときわたしたちが柚木さんからいただいた言葉は、「どう、生きるべきか」「考えることをやめてはいけない」「必要なのは哲学」など、まさに今を生き抜くうえでの激励となるような前向きな言葉でした。
一方で、ユーモアに富み、食べること、暮らすことを愛する慈しみにあふれた人であることも、わたしたちは取材の端々から知ることができました。
オフィシャルガイドブックに綴った柚木さんの言葉とその人柄を、皆様にそのままお届けしたいという気持ちもありましたが、わたしたちは取材を通して知った、常に前を見つめる柚木沙弥郎さんという方が、改めてこの事態にどう向き合い、何を思うのか。それをお聞きしたいとも思いました。そして、2020年4月20日、柚木さんへの電話インタビューが実現しましたのでここに掲載いたします。

柚木さんご自身も、アトリエを訪れる人が減り、多分にもれず面白くない日々だとおっしゃいます。それでもインタビューを通じて感じたのは、柚木さんが見つめ、考えるのは、やはり「そのさき」だということです。

ひとりでも多くの方が、柚木さんの言葉からそのさきの未来を思い描けますように。そして、少しでも早くこの事態が終息に向かいますように、心からお祈り申し上げます。

工芸の五月実行委員会

インタビュー・文:山口美緒
写真:羽山昌子

またいつかお目にかかれる日の来ることを待ち望んでいます

柚木沙弥郎さん

松本は第二の故郷のような愛おしい、懐かしいまちです。

旧制松本高校に2年ほど通いました。多感な青春を松本で暮らしたことは、僕の心のなかでは非常に重要なことです。子どものときから東京以外を知らない僕にとって、高い山々に囲まれた松本の大自然は四季折々なんと美しく新鮮な印象を刻みつけたかわかりません。僕にとって松本は、少年が大人になる間際のひとときを過ごした場所で、温かく見守ってくれたのだと感謝しています。
高校の行事、駅伝や記念祭など、ずいぶん市民の皆様に迷惑をかけたことをお詫びします。僕の高校時代は教室の授業よりも、手近な山をひとりで歩き、そして年長の級友との会話に明け暮れたことのほうがどのくらい印象深かったかわかりません。先輩のひとりは前穂高岳の松高ルートを開拓した山岳部のベテランでした。彼は山行のために何度もドッペッた(落第した)猛者でした。下宿の西山を一望できる2階の1室に生活し、下宿人の我々も、家主も、一目も二目も置いていました。しかし、僕が下宿したときは山には一度も行かず、山をみながらギターを弾いていました。僕が絵を描くことを知って以来、仲良くなって、いろいろなことを教えてくれたのは彼でした。
僕が中学時代の親友の死を悔やんでいたとき、山の遭難において死者の家族が隊長の彼を責めたことを話してくれました。登山はダークダックスの歌にあるように、美しくも勇ましくもあるようなことではありません。みじめな死というものの現実を理解しているのは自分以外には誰もいなかった。ひとりで悲しみ、友を弔った。生は死につながって、普通のことなのだと。彼から僕は、諦観ということを教えられました。また、リリシズム(叙情性)ということも彼から受け継ぎ、松本とは切り離せない、僕の一部となっています。

彼は戦死しました。

思い出話が長くなりました。

柚木沙弥郎さん

松本市美術館の僕の作品展は、このたび凍結したままで残念です。しかし、また他日、皆様にぜひみていただきたいと思っています。

ウイルスは人類が自然界から見事に一本取られたような大きなダメージです。なんとしても国と国が連帯して持ち堪えなくてはなりません。それには、予想以上の長期間が必要なのではないでしょうか。もちろん、政治や経済、教育等、社会の大問題であることは誰しも覚悟していることでしょう。しかし、僕の恐れることはウイルスよりも人の心の有りようが変わってしまうのではないかということです。街角にある監視カメラのような、さらなるテクノロジーによって一人ひとりの体内や心の内までも調べあげようとする動きが権力者に現れる恐れ、市民間のお互いの排他的な心、これはウイルスが終わったとしても次の世代に残る変化の一番大きなリスクではないかと思います。

柚木沙弥郎さん

僕は数字に振り回される日常からときには自由になって、ひとり立ち止まって、自分の人生のなかの一時代と覚悟してゆっくり考える時間を与えられたのだと捉え、この時間を活用しなければならないと思うのです。そして、1日1日そのなかで、何かを自分で発見する。忙しいままでは見過ごしてきた平凡なものを見直し、新しい興味を持つ。それは大変なのかもしれないけれど、創造−クリエイティブな行為につながるのではないかと思います。

松本の皆様、またいつかお目にかかれる日の来ることを待ち望んでいます。お身体大切に。

4.20.2020
柚木沙弥郎
柚木沙弥郎さん

ゆのき・さみろう
1922(大正11)年、東京都出身。のちの人間国宝で染色工芸家の芹沢銈介氏に師事。染色のほか、版画、イラスト、絵本など幅広く活躍。
型染の第一人者として制作に励み、国内外で数多くの個展・グループ展を開催しています。

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